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最高裁判所第二小法廷 平成8年(あ)409号 決定 1997年6月04日

本店所在地

東京都台東区台東一丁目三一番九号

株式会社オリエント建築設計事務所

右代表者代表取締役

島田久

本籍

東京都台東区浅草橋三丁目二五番地二

住居

同 墨田区両国二丁目二番二-一〇〇四号 ライオンズマンション両国南

会社役員

島田久

昭和一七年一〇月二六日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成八年三月六日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人両名の弁護人多田武、同鈴木善和の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にして本件に適切でなく、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

平成八年(あ)第四〇九号法人税法違反被告事件

上告趣意書

被告人 株式会社オリエント建築設計事務所

同 島田久

右両名に対する頭書被告事件についての上告の趣意は左記のとおりである。

平成八年八月一四日

主任弁護人 多田武

弁護人 鈴木善和

最高裁判所第二小法廷 御中

目次

第一 事実誤認の主張・・・・・・一五六七

一 争点と原判決の問題点・・・・・・一五六七

二 被告会社は土地を取得していない・・・・・・一五六九

第二 法令違反の主張(その一)・・・・・・一五七八

一 はじめに・・・・・・一五七八

二 本件土地譲渡益の算定・・・・・・一五七八

第三 判例違反及び法令違反の主張(その二)・・・・・・一五八六

第四 憲法違反の主張・・・・・・一五八八

第一 事実誤認の主張

原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

一 争点と原判決の問題点

1 本件の争点は、被告会社が租税特別措置法第六三条第一項第一号(本件行為時に適用されていた改正前の条文)にいう「他の者から取得した土地の譲渡」を行ったか否かにある。被告会社が本件土地を取得していなければ、被告会社によるその譲渡は論理上有りえず、右条文の構成要件に該当しないのは当然であって、土地譲渡益重課税の対象にはならないからである。そこで、第一審以来、被告会社が本件土地を取得したか否かが最大の争点となっており、被告・弁護側は、本件土地は三平建設が単独で取得し、譲渡したもので、被告会社は土地の取得も譲渡もしていない旨一貫して主張してきたのである。

2 一方、検察官の主張は次のとおりであった。

(一) 主位的に、被告会社は三平建設と本件土地を共同購入した。

(二) 予備的に、被告会社と三平建設との間に民法上の組合契約が成立していたので被告会社も持分割合による土地所有権を取得していた。

(三) 更に、右(一)(二)の事実が認定できないとしても、三平建設が単独で購入した後、被告会社と利益配分の約束をした上で、共同で本件土地を譲渡することにした場合には、利益配分の割合に従い、被告会社は本件土地の持分を取得することになる。

(四) また、右(一)乃至(三)の主張が認められないとしても、改正前の租税特別措置法六三条一項一号の「土地等の売買の媒介に関し報酬を受ける行為で土地等の譲渡に準ずるものとして政令で定めるもの(同法施行令三八条の四第二項=仲介行為という)」に該当し、仲介行為として土地重課を免れない。

(なお、右(一)(二)の主張は第一審でなされ、右(三)(四)の主張は原審で付加されたもの)

3 これに対し、第一審判決は、法律上の取得原因は、検察官の右(一)(二)の主張も含めていずれとも判然としないが、本件土地の取引が三平建設と被告会社の共同事業であり、被告会社は、本件土地譲渡の共同取引の主体として、土地重課の対象になると判示した。なお、第一審判決は、被告会社が何時、誰から土地を取得したのかについても明示していないが、判文上は、被告会社は、三平建設が礒ら地主から土地を取得したときに共同で土地所有権を取得した(つまり被告会社も礒ら地主から直接取得した)と認定しているものと解される。

4 一方、原判決は、弁護人の、被告会社は土地を取得していないとの主張、検察官の第一審における、<1>被告会社は本件土地の共同購入者である、<2>仮りに、そうでないとしても組合契約によって土地所有権を取得した、との主張及び第一審判決の右「共同取得」との認定をいずれも排斥し、礒ら地主からの本件土地の取得者は三平建設単独であったと認定した上、被告会社は、本件土地を開幸地所に譲渡する際に、その六割の所有権を三平建設から取得したと判示しているのである。

5 原判決は、被告会社と三平建設が、礒ら地主から本件土地を共同で取得したとの第一審判決の認定が、本件証拠上到底不可能であることが明らかなため、三平建設の単独取得と認定せざるをえなかったのである。しかし、この認定のままでは、被告会社の行為が土地重課の対象にならず、第一審判決を破棄せざるをえないため、原判決は、三平建設の単独取得後の被告会社の持分取得という法律構成を無理に作りあげ、「取得した土地の譲渡」という事実を擬制したのである。原判決は、右認定の理由については、単に、「その後被告会社と三平建設とが転売利益を六対四の割合で分配する約束で共同事業として開幸地所に譲渡する際、被告会社が三平建設から本件土地の六割に相当する所有権を取得したものと認められる」と僅か数行判示するのみで、具体的な証拠説明は殆どないに等しく、また、法律上の取得原因については全くは判示していないのである。

被告会社の本件土地取得の有無、取得したとするとの法律上の原因如何が本件の最大の争点である。しかも、原判決は、被告会社の土地取得の有無に関する、弁護人の主張、検察官の主位的主張・予備的主張、更には第一審判決の認定をも否定して、「三平建設単独取得後の被告会社の取得」という原審で検察官が予備的・追加的に持ち出したにすぎず、争点にもなっていなかった主張に安易に乗っかって判示するもので、その合理的な理由については何ら述べていないのである。原判決は、本件の最大の争点に関し、弁護人・検察官の主張及び第一審判決の認定とも違う判断をするのであるから、当然認定の根拠となるべき具体的な証拠を挙げて、合理的な証拠説明をなし、かつ、土地取得の法律上の原因を明示すべき義務があるというべきである。

しかるに、原判決は、前記のとおり、右義務を怠り、極めて安易に被告会社の土地取得を認めているのである。原判決がこのような判示しかなしえないということは、被告会社が三平建設から土地所有権を取得したなどという点に関する具体的な証拠がないうえ、土地取得の法律上の原因事実もなく、合理的な説明が不可能だからである。原判決は素直に被告会社の土地取得を否定すべきであったのである。原判決は、第一審判決の救済にのみ汲々としたお粗末極まるずさん判決であり、「救済判決」といわれてもやむをえないものである。

6 原判決の「被告会社が三平建設から土地を取得した」という認定は明らかに事実を誤認するものである。以下その理由を述べる。

二 被告会社は土地を取得していない

1 原判決は、「被告会社と三平建設とが転売利益を六対四の割合で分配する約束で共同事業として開幸地所に譲渡する際、被告会社が三平建設から本件土地の六割に相当する所有権を取得した」と認定する(原判決書二丁裏末行より三丁表二行目)。

2 しかしながら、開幸地所に土地を譲渡する際に、被告会社が三平建設から土地所有権を取得したとすれば、右両社の間の意思表示(合意)、すなわち法律行為の存在が必要であるから、通常契約書等の物的証拠が存在して然るべきであるのに、そのような証拠は皆無である。また、被告会社が所有権を取得したのであれば、本件土地所有権の持分割合(六割)について被告会社に所有権移転登記をすることも十分ありうるわけであり、仮りに、その登記を省略していわゆる中間省略登記を行うのであれば、両社間にその旨の合意書等の書面を作成するのがビジネス社会の常識である。しかるに、右所有移転登記はなされていないし、右合意を示す書面もない。更に、被告会社が、土地譲渡に際し三平建設から土地所有権を取得したなどという事実を間接的にでも推認させるような供述や証言は、本件証拠上その片鱗さえ見られない。要するに、原判決の認定するような事実に関する物的・人的証拠は全くないのである。

3 かえって、本件では原判決の認定を否定する客観的な証拠が存在する。即ち、「北上野土地組合計算書第一条、同第二条」なる書面(被告人の検面調書添付資料四、五)がそれである。右書面は、第一審の証人作田良一が証言するように、本件土地を開幸地所に二一億九六七五万円で売却したことによる土地重課が三平建設だけに課せられることを前提として作成された書面である。そして、この書面が作成されたのは、開幸地所への売却がその金額も含めて決定された後であることがその書面自体の記載(確定した代金額と金利計算が売買契約日である一〇月三一日までなさていることが明記されている)から明らかである。このことは、三平建設側も被告人も、本件土地を開幸地所へ売却することを決定した後においても、土地重課は、三平建設一社に課せられることを前提とし、その認識で一致していたことを示すものにほかならない。仮りに、原判決認定のように、右売却の際に被告会社が三平建設から土地所有権を取得し、土地が共有になったというのであれば、売主は右両社であり、土地重課は両社に課せられることになるのであるから、右各書面の記載内容は自ずと違ったものとなり、土地重課税は両社別々に計上されるのが当然だからである。

つまり、右各書面は、開幸地所への転売が決定された時点で、被告会社が本件土地所有権の六割を取得し、土地が被告会社と三平建設の共有になったなどという原判決の認定を真正面から否定する極めて重要な客観的証拠なのである。原判決がこのような有力証拠に対しいかなる判断をしたのか判文上は明らかではないが、原判決のずさんかつ簡単な判文からすると、原裁判所は右証拠に関する弁護人の主張(それは、弁護人の原審における弁護要旨二四頁以下に明確に述べられている)に真面目に耳を傾けようという姿勢を初めから放棄していたといわざるをえない。

4 三平建設が本件土地を礒ら地主から単独で取得したことは原判決の認定するとおりである。しかし、前述のように、土地を開幸地所に譲渡する際に、何故、被告会社が三平建設から土地所有権(六割)を取得することになるのか、原判決は何ら合理的な説明をしていない。この点につき、原判決は前記(二、1)のとおり簡単な判示をするほか、次のとおり述べている。

「所論は、さらに、本件土地の開幸地所への譲渡が被告会社と三平建設の共同事業として行われたとする原判決の認定をも争い、被告会社は三平建設による本件土地の取得又は譲渡の仲介行為をして報酬を得たに過ぎないと主張する。かりに被告会社が三平建設による本件土地の取得又は譲渡の仲介行為をしたにとどまる場合であっても、本件のように高額の報酬を得ているときには、租税特別措置法六三条一項一号にいう「土地の譲渡に準ずるものとして政令で定めるもの」に該当し、土地譲渡益重課を免れないばかりか、関係証拠によると、原判決が認定判示するとおり、被告会社が三平建設と共同して本件土地を開幸地所へ譲渡したことが認められる。

特に、<1>被告人島田は、かねてから取引のあった三平建設に話を持ちかけ、被告会社が売買交渉の一切を引き受ける代わりに三平建設が購入資金等を全額用意し、本件土地上に共同でマンションを建設して売却利益を被告会社が六割、三平建設が四割で分配する旨を合意したこと、<2>その後、被告人は、三平建設と再協議し、折からの不動産価格の高騰に乗じて本件土地を転売することとし、開幸地所が買主に決まったが、その際三平建設から最初に示された被告会社の利益分配が五割五分であったものを、当初の約束と違うとして六割に変更させたこと、<3>被告会社が取得した利益分配金は、七億三一〇五万円であって、正規の土地売買の仲介手数料である六五七九万円と比較して余りにも高額であることに照らすと、被告会社が三平建設の本件土地の譲渡を仲介したにとどまるものとはいえず、これと共同して譲渡したものというほかはない。この点の原判決の事実認定には誤りはない。」

5 右判文からすると、原判決は、第一審判決と同様、被告会社と三平建設が共同して土地を開幸地所に譲渡した事実をもって被告会社の土地所得を根拠づけようとしているものと解される。

しかし、原判決のいう右<1>、<2>、<3>のような事情は、被告会社と三平建設とが何らかの協力関係のもと本件土地を譲渡したことを推認させることにはなっても、被告会社が土地所有権を取得し、これを共同で譲渡したことの裏付けとなるものではない。そこで具体的に検討することとする。

(一) まず、原判決指摘の右<1>についてみると、指摘のような合意が存在していたことは事実であるが、それは単に被告会社と三平建設とがマンションの建設と販売に関し協力し、利益を分け合うという通常の事業提携、協力契約であって(このような場合を「共同事業」ということもある)、そのことによって、被告会社が本件土地持分を取得する性質の契約ではない。原判決も認定するとおり、三平建設は、右合意のもとに単独で本件土地所得をしているのである。したがって、右<1>のような事情は被告人会社の土地持分の所得を何ら根拠づけるものではない。

(二) 次に、原判決が指摘する前記<2>についてみる。

本件土地の譲渡に際し、その転売利益の配分割合について、三平建設が五五%対四五%を提示したのに対し、被告人の主張によってそれが六〇%対四〇%になったことは原判決のいうとおりである。しかし、利益配分の約束が、最初から六〇%対四〇%であったのであるから、その配分対象となる利益が開発利益から土地譲渡益に変更し、利益額が大幅に増加したとしても、当初の約束が当然に変更されるわけではなく、当初の約束は互いに遵守するというのが取引社会の信義であり、常識である。それ故、三平建設は、被告人の「六対四の約束じゃないの」という軽い発言に対し、直ちに何の異議も述べずに提案を撤回し、最初の約束どおり六対四による利益配分を行っているのである。その背景には、三平建設が土地転売により思わぬ利益を得ることになって十分満足していたという事情もあったと思われるが、それよりもやはり三平建設が信義を重んじ、信頼関係の維持を慮ったところにその最大の理由があったのである。原審で、高見証人は、「信頼関係を基にしてやっておりますので事情が変わったんだということで、(約束が)なかった扱いにはできませんでした」、「設計も発注できなかったし、信頼関係を壊さないためにも、お約束は守るということだったと思います。」と証言してその間の事情を明らかにしているのである。

利益配分割合が六対四になったのは、当初の約束が履行されたからにすぎない。被告会社が大変な努力をして土地をとりまとめたからこそ、被告会社の利益配分割合は六割になったのであり、利益配分はあくまで三平建設が土地を譲渡することによって得る利益の配分であったのである。したがって、原判決指摘のような利益配分に関するやりとりがあったからといって、それが被告会社の土地取得と共同譲渡を根拠づけることには到底なりえないのである。

(三) 更に、本件利益分配金の額は仲介料に比較してあまりにも高額であるとの前記原判示<3>について検討する。

原判決は、右判示の前提として、被告・弁護人が「被告会社は三平建設による本件土地の取得又は譲渡の仲介行為をして報酬を得たにすぎない」と主張していると判示しているが、それは明らかに誤っている。弁護人は、第一審以来一貫して「被告会社は、三平建設が本件土地を礒ら地主から取得するについて仲介をし、受領した金員は約束による利益配分金である」と主張してきており、この主張は本件のもっとも重要な争点なのである。そして、弁護人は原審弁論において、「三平建設から開幸地所への本件土地の譲渡に関し、被告会社は媒介・代理のいずれをも行っていない。開幸地所と三平建設とは、従前から取引関係があり、その縁で開幸地所への売却が決定されたものであって、被告会社の紹介によって本件土地の売買が成立したというものでは全くない。したがって、開幸地所への土地譲渡に関し被告会社が仲介行為を行っていないことは明らかである。」(弁論要旨三五頁)として、三平建設による本件土地の譲渡についての仲介を行っていないことを明確に主張しているのである。しかるに、原判決は、弁護人の右主張を全く無視し、右争点さえ正確に理解していないのであって、このことは原審裁判官の不勉強さ、不真面目さを端的に示しているのである。原判決のずさん極まる判示はこのような裁判官の姿勢・態度に起因することが明らかである。

被告会社が開幸地所に対する譲渡を仲介したことはなく、被告・弁護人はそのような主張をしたことも全くない。また、被告会社が取得した利益は、あくまでも三平建設からの「利益配分」であって、仲介手数料ではないのであるから、右取得利益を仲介手数料と比較すること自体ナンセンスである。また、土地取引にからむ利益配分が高額であるからといって直ちに利益配分を受ける者が土地取引の当事者になるわけでもない。かつての土地ブームの頃には、土地取引に関与した協力者に多額の利益配分がなされるケースはいくらでもあったのである。したがって、利益配分金が高額であるという事実も、また、被告会社が土地所有権を取得した根拠にもなり得ないし、本件土地譲渡の共同事業性を肯定することにもならないのである。

6 原判決の判示については、右に検討したとおりであるが、第一審判決が共同譲渡の根拠として指摘する点についても念のため検討することとする。原判決は、開幸地所への土地譲渡の経緯に関し、「被告人と梶川は協議の上、本件マンションを建築して開発するよりも、折からの不動産価格の高騰に乗じて、本件土地を更地のまま転売したほうが、たやすく、かつ多額の利益を得ることができることから、土地を転売することにした。」(第一審判決書五丁)、「当初の計画を変更して更地のまま転売することや開幸地所への坪単価の決定は、三平建設の梶川が逐一被告人に伺いを立てて、その了承を得た上で行っている。」、「いわゆるダミーの二法人を本件土地取引に介在させて、土地譲渡益を秘匿するという方法は、被告人が梶川に了解させて実行したものであり、明らかに被告会社の主導の下に行われている」(同六丁)と認定し、本件土地の譲渡行為は、被告会社が三平建設と対等ないしそれ以上の立場でその意思決定に関わっていたというべきであると判示している。

しかし、まず、本件土地の開幸地所への売却は、同社と三平建設との間に取引関係があったことから、被告会社の全く知らないところで取決められている。三平建設は、開幸地所に土地を売却して売却利益を得たうえで、更に開幸地所からビルの建築を請け負わせてもらえるということから、独自の経営上の判断によって開幸地所への売却を決定したのである(原審高見証言)。したがって、被告人と梶川が「協議」のうえ土地転売を決定したものでは決してない。

次に、梶川が土地転売について被告人に了解を求め、被告人はそれに同意している事実があるが、それは、土地転売となれば、三平建設がマンションの建築を行い、被告会社がその設計を請負うという当初の計画が反故になり、被告会社の設計請け負いが不可能となるのであるから、三平建設が被告会社の了解を求めるのは、商道義上当然のことである。三平建設が単独所有者であるならば、被告会社の了解など必要ない、というかの如き第一審判決の判断は、取引社会の信義や信頼関係を理解しない裁判官の非常識さを示す以外の何ものでもない。梶川は、被告会社が土地所有権を持っているからその了解を得たのではないのである。そして、右了解を求めた時期は、三平建設が開幸地所への売却を決定し、坪単価についての合意が成立した後のことであったのである。しかりとすれば、「土地の転売や坪単価の決定について梶川が被告人に逐一伺いを立ててその了承を得た上で行っている」とする第一審判示もまた明らかに誤っている。

更に、ダミー法人を本件取引に介在させたのは被告人が梶川の了解を得て実行したものであることは事実であるが、その話は、坪単価も含めて土地を開幸地所に売却することが決定した後に出たことであるうえ、ダミー法人の介在は、あくまでもダミーであって、架空のものであり、買主が開幸地所であることには何の影響もなかったのである。つまり三平建設としては、開幸地所への売却が決定している以上、ダミー法人が介在しようとしまいとどうでも良かったといえるのである。しかりとすれば、ダミー法人が被告人の意向によったものであったとしても、それをもって被告会社が土地転売について主導権を握っていたとすることはできないのである。

結局、本件土地譲渡行為につき、被告会社が三平建設と対等ないしそれ以上の立場で意思決定に関わっていたというべきであるとの第一審判決は、その前提となる事実を誤認しており、不当といわねばならない。被告会社は、土地を転売するとの三平建設の申入れを受け、これに同意していることは事実であるので、その限度で本件土地譲渡は「共同事業」といえないことはない。しかし、単に、その程度の共同事業が被告会社の土地所有権取得や土地譲渡の共同事業性を根拠づけることには到底ならないのである。第一審判決の判示もまた不当というほかない。

7 以上述べたとおり、原判決は、被告会社と三平建設が共同して土地を譲渡したことを被告会社の土地所有権取得の根拠としている。しかし、開幸地所に対する土地譲渡の交渉をし、代金額を決定するなど契約締結に至る一連の行為を行ったのはすべて三平建設であって、被告人は実質的には全く関与していないことは本件証拠上明白である。したがって、土地譲渡を共同で行ったなどという事実はないし、仮りに、共同性が認められるとしても、せいぜい、三平建設がマンション建設の目的を変更して、土地転売を被告会社に申入れ、被告会社がこれに同意したこと位のものである。しかし、その程度の共同性が、被告会社の土地所有権取得の根拠になり得ないことは既に述べたとおりである。また、原判決の指摘するような事情が土地を譲渡するについての協力関係を推認させるものではあっても、それが被告会社の土地取得を根拠づけるものではないことについても詳述したとおりである。そして、原判決の最大の欠陥は、被告会社は三平建設から土地持分を取得したと認定していながら、その法律上の取得原因を説明できないという点である。このような欠陥判決になった原因は、原判決が弁護人の主張を誠実かつ真摯に受け止めなかったからといわざるをえない。

三 結局、「本件土地を開幸地所に譲渡する際に被告会社は土地を取得した」との原判決の認定は誤っている。被告会社は本件土地を取得せず、譲渡もしていないのであるから、被告人らに土地重課が課せられる理由はない。原判決は明らかに事実を誤認しており、これを破棄しなければ著しく正義に反するものである。

第二 法令違反の主張(その一)

一 はじめに

既に詳述したとおり、被告会社はいかなる意味でも本件土地を取得していない。しかし、仮りに、原判決認定のように、被告会社が本件土地を取得し、譲渡したものとして、土地重課の対象になるとしても、原判決には、本件土地持分の取得価額の算定について明白な法令違反がある。即ち、法令に従って正しく取得価額を算定するならば課税土地譲渡利益金額も土地譲渡税も全くないにもかかわらず、原判決は、取得価額の算定を誤ったことにより、逋脱税額として右土地譲渡税一億四四七二万七八〇〇円を過大に認定したという重大な法令違反を犯している。

右法令違反は、判決に影響を及ぼすことは明らかであり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

二 本件土地譲渡益の算定

1 原判決の認定事実を前提とし、関係証拠を検討すると、本件土地の取得及び譲渡に係る事実経緯は次のとおりである。

(一) 三平建設は、昭和六一年八月、本件土地を礒らから総額八億九四〇四万五〇〇〇円にて買い受けた。

(二) 三平建設は、昭和六一年一〇月、三平建設の得意先であった開幸地所から本件土地(一四六・四五坪)を坪単価一五〇〇万円で購入したい旨の提案を受けた(梶川一臣の検察官調書一一丁裏)。

(三) 被告会社は、昭和六一年一〇月下旬頃、三平建設との間で、開幸地所への本件土地の転売利益を六対四の割合で分配する約束で共同事業として開幸地所に譲渡する際、三平建設から本件土地の六割に相当する所有権を取得した。

(四) 被告会社と三平建設とは、共同して、昭和六一年一〇月三〇日、本件土地を開幸地所へ二一億九三一五万円にて売り渡した。

2 右事実を前提として課税土地譲渡利益金額について検討する。

(一) 租税特別措置法六三条一項に規定されている「当該土地の譲渡等に係る譲渡利益金額」即ち、課税土地譲渡利益金額とは、要するに土地の譲渡等に係る純利益というべきものである。これは、具体的には、同条二項及び同法施行令三八条の四第四項・五項・六項の規定によって、土地の譲渡等による収益の額(以下「譲渡収益」という)から収益に係る原価の額(以下「譲渡原価」という)及び土地の譲渡等のために直接又は間接に要した経費の額(以下、「直接間接費」という)を控除した金額として計算されるものである。

(二) この方法により、課税土地譲渡利益金額を計算すると、まず、被告会社は本件土地の六割の共有持分を有しておりそれを譲渡したというのであるから、譲渡収益は二一億九三一五万円の六割、すなわち一三億一五八九万円となる。この金額は、後述のとおり、原判決の本件土地の六割の意味如何によって、修正の必要も生じるが、とりあえずは問題としない。

そこで、次に譲渡原価はいくらであるかについて検討することになるが、原判決はこの点で、明白なる法令違反を犯しているのである。

検察官は、「昭和六一年八月、本件土地を被告会社と三平建設が八億九四〇四万五〇〇〇円で共同購入した」(冒頭陳述書)との主張を前提とし、本件土地購入の代価である右八億九四〇四万五〇〇〇円の「収益の金額に対応する持分割合」(冒頭陳述書の訂正)である六割、即ち、五億三六四二万七〇〇〇円を以て譲渡原価であると主張し、第一審判決も右価額を認定するものと解される。

ところが、原判決は、「関係証拠によると、本件土地は、所論が指摘するとおり三平建設が単独で礒らから取得したものである」として、検察官による第一審以来の右主張を排斥した上で、「その後被告会社と三平建設とが転売利益を六対四の割合で分配する約束で共同事業として開幸地所に譲渡する際、被告会社が三平建設から本件土地の六割に相当する所有権を取得したもの」であるとの認定を行っているものである。つまり、原判決と第一審判決とでは、譲渡原価の算定において前提とする事実が全く異なっている。第一審判決が前提とした事実は、昭和六一年八月の礒らからの購入であるのに対し、原判決が前提としたのは昭和六一年一〇月に少なくとも購入ではない原因によって被告会社は本件土地の持分を取得したという事実なのである。

しかし、このように取得時期及び取得原因が違ってくれば税法上譲渡原価の算定方法も当然異なってくるのであって、原判決はこの点を全く看過しているのである。

(三) 譲渡原価とは、当該譲渡に係る土地等の譲渡直前の帳簿価額である(租税特別措置法施行令三八条の四第五項一号イ)。ここでいう帳簿価額とは、勿論、取得価額のことである(国税庁法人税課長監修「コンメンタール法人税基本通達」改訂第七版一九〇頁参照)。

では、この取得価額はどのように算定されるべきか。この点について適用される法令を確定させるためには、まず、本件土地持分の資産としての性質は何かについて確認しておく必要があるが、原判決の認定を前提とするならば、被告会社は、開幸地所への転売が決まった後に本件土地の持分を取得したということであるから、理論的には、棚卸資産(法人税法二条二一号・同法施行令一〇条)に該当するものである。したがって、本件土地持分の取得価額の算定については、法人税法施行令三二条一項が適用されることになる(仮に、固定資産であるとすれば、法人税法施行令五二条一項が準用されることになるが、取得価額算定上は結論を異にしない)。

そこで、以上を前提として、被告会社が三平建設から取得した本件土地の六割の持分についての譲渡原価、すなわち取得価額はいくらであったかについて検討する。

例えば、本件土地の共有持分を購入により取得したとすれば、その購入の代価が取得価額の基本的部分を構成する(法人税法施行令三二条一項一号)。つまり、既に述べたとおり、検察官が主張する「昭和六一年八月、本件土地を被告会社と三平建設が八億九四〇四万五〇〇〇円で共同購入した」ものであるとの事実認定を前提とするならば、本件土地の六割の持分の取得価額は、正に購入の代価の六割である五億三六四二万七〇〇〇円となるのである。

しかし、原判決は、既に述べたとおり、「本件土地は、所論が指摘するとおり三平建設が単独で礒らから取得したものであるが、その後被告会社と三平建設とが転売利益を六対四の割合で分配する約束で共同事業として開幸地所に譲渡する際、被告会社が三平建設から本件土地の六割に相当する所有権を取得したものと認められる。」とするものであって、原判決によれば土地は購入により取得したもの(法人税法施行令三二条一項一号)ではない。勿論、本件土地持分は製造等に係る棚卸資産(同項二号)でもない。合併又は出資により受け容れた資産(同項三号)でもない。そうすると、被告会社による本件土地の持分の取得価額の算定について適用されるのは、同項四号の「前三号に規定する方法以外の方法により取得したたな卸資産」の規定であるということになる。

その結果、同号イに規定されているように、その取得価額は、「その取得の時における当該資産取得のために通常要する価額」、すなわちその取得の時における時価がその基本的構成要素となるものである。つまり、第一審のように礒らからの共同購入の事実を前提とするならば、取得価額は法人税法施行令三二条一項一号により算定されることになるが、原判決のように共同購入の事実を否定し、土地譲渡の際に六割の土地所有権を取得したとするのであれば、同項四号が適用され取得の時における時価を以て算定されることになるのである。

(四) それでは本件土地持分の取得の時における時価とはいくらか。

原判決は、被告会社が本件土地の共有持分を取得したのは、本件土地(一四六・四五坪)を坪単価一五〇〇万円で開幸地所に譲渡する際であったと認定している。従って、この坪一五〇〇万円という金額が、本件土地持分の取得の時における時価ということになる(東京高裁昭和五五年五月二一日判決判例時報九九〇号一八五頁)。

勿論、この坪単価一五〇〇万円という金額のうちに実質的に贈与をしたものと認められるような金額があったならば、その金額をもって時価と考えることは相当ではないが(法人税基本通達七・三・一)、三平建設と開幸地所の間が実質的に贈与をするような関係にないことは本件記録上明かである。

そうすると、原判決の認定を前提とするならば、被告会社は、本件土地の持分を坪単価一五〇〇万円で三平建設から取得し、開幸地所に対しても坪単価一五〇〇万円で譲渡したことに過ぎないということになるものであって、仮に、原判決の判示するように、土地重課対象行為が認められても土地譲渡益は全くないことになり、結局のところ、土地重課税も課せられないことになるのである。

(五) 実は、記録によって明らかなとおり、原判決が行った事実認定は、検察官が原審段階になって提出した答弁書において、付言1として記されている予備的主張に沿ったものと思われる。勿論、この点については、弁護人も原審の弁論の中で、「第三 答弁書における検察官の付言について」として、「仮に検察官の主張が理論的に成り立つとしても、その主張は法人税法上無意味である。なぜなら、利益分配の約束及び『共同』での譲渡によって、被告会社が本件土地に対する六割の持分を取得し且つその持分を譲渡したと取り扱われるという検察官の主張を前提にすると、法人税法上は、譲渡した持分の取得原価の価額は被告会社による持分の取得時の時価で評価されることにることから、結局のところ、持分を譲渡したといえても、譲渡益はゼロとなってしまうからである。つまり、持分取得により益金は発生するとしても、譲渡益がゼロである以上、土地重課を問題にしようがなく、この点で、検察官の主張は、法人税法上全く無意味なものということになるのである。」との意見を述べて十分な主張をしている(弁論要旨三二頁)。

しかし、右の点は、法人税法や同施行令等の細かい規定を知らなくとも、企業会計に携わる者にとっては、極々常識的な事項である。法を知る筈の裁判官がそれを失念したりすることは、有ってはならないことであって、これでは司法の権威は失われたといわざるを得ないものである。

原判決の法令違反は明白であり、破棄しなければ著しく正義に反するものである。

(六) 被告会社が本件土地の共有部分を取得したことは、税務上どのように扱われるのか、念のため、付言する。

共有持分を取得した点は、勿論、益金となる。対価なく取得した経済的利益であっても、それは「無償による資産の譲渡」、つまり受贈益として益金を構成するからである(法人税法二二条二項)。

ところで、本件土地の六割の持分を取得した旨の原判決の認定を文字通り適用すれば、その際の本件土地の時価である二一億九三一五万円の六割、すなわち、一三億一五八九万円の益金が発生することになってしまう。しかし、被告会社が受領した利益配分金はあくまでも七億三一〇五万円であって、ここに齟齬が生じている。

そこで、被告会社は本件土地の六割の持分を取得したという意味をもう一度考え直してみる必要が出てくるのである。

そもそも、原判決が六割という持分割合を出してきている根拠は、要するに本件土地を三平建設が礒らから取得し開幸地所へ譲渡することから生ずる利益の配分割合が六割であるというところにある。そうすると、仮に、被告会社が三平建設から共有持分を取得したものだとしても、その持分割合までもが六割であると考えるのは矢張り不自然であるといわざるを得ない。そうすると、要するに、本件土地の売却価額である二一億九三一五万円から三平建設の取得価額である八億九四〇四万五〇〇〇円を控除した残りの概ね六割の共有持分を被告会社が三平建設から取得したものであると解すべきが実態に即した合理的解釈というべきものである。

被告会社が受けた七億三一〇五万円は、この意味での概ね六割なのであって、本件土地の共有持分割合としては、「七億三一〇五万円÷二一億九三一五万円」、つまり丁度三分の一の共有部分を被告会社は三平建設から取得していたということになるのである。

以上をまとめると、要するに、

<1> 被告会社は、三平建設から時価二一億九三一五万円の本件土地の三分の一の共有部分を取得し、以て七億三一〇五万円の利益分配収入を得て、同持分を七億三一〇五万円で譲渡した。

<2> 被告会社には、土地を取得し譲渡したのであるから、土地重課対象行為は認められるが、譲渡利益が七億三一〇五万円、譲渡原価が七億三一〇五万円となり、課税土地譲渡利益金額はなく、土地譲渡益重課税は課せられない。

というのが、原判決の認定を前提とした結論とならねばならないのである。しかるに、原判決は、譲渡原価の算定について適用されるべき法令を誤り、ひいては重大な事実誤認を犯したものである。

(七) なお、原判決は、「所論は、・・・被告会社は三平建設による本件土地の取得又は譲渡の仲介行為をして報酬を得たに過ぎないと主張する。」として、「かりに被告会社が三平建設による本件土地の取得又は譲渡の仲介行為をしたにとどまる場合であっても、本件のように高額の報酬を得ているときには、租税特別措置法六三条一項一号にいう『土地の譲渡に準ずる者として政令で定めるもの』に該当し、土地譲渡益重課を免れない」と判示している。

即ち、原判決は、被告会社が本件土地を取得し譲渡していないとしても、その行為は右法条の仲介に該当するとして土地重課を免れないとするのである。

しかし弁護人が、被告会社が本件土地の譲渡の仲介をしたとか、仲介行為の報酬を得たなどと主張していないことは、既に述べたとおりであるのみならず、本件証拠上、被告会社が土地譲渡の仲介をしたなどという事実は絶対に認められない。

被告会社が行ったのは、礒らから三平建設が本件土地を取得するについての媒介行為だけである。しかし、これによって被告会社が受けた報酬(租税特別措置法施行令三八条の四第四項一号)は、売主側の礒からの一〇八七万円、佐伯からの一一五〇万円、買主側の三平建設からの一五〇〇万円である。

そもそも、土地等の譲渡に準ずる仲介行為とは、土地等の売買又は交換の代理又は媒介に関し、正規の報酬限度額を超える報酬を受け取る行為を意味するところ、この仲介行為が土地等の譲渡に準ずるものとして土地重課対象行為の一つとされている理由は、端的に表現すれば、「観念的には土地の『取得』と『譲渡』を瞬時に行ったものと考えることができる」からである(財団法人大蔵財務協会発行の「昭和四八年版『改正税法のすべて』」一一九頁)。

したがって、被告会社が開幸地所に対する土地譲渡について仲介行為を行っていない以上、被告会社が受領した七億三一〇五万円は、仲介行為によって受けた報酬ではなく、前記法条に該当しないのである。被告会社が土地を取得し、譲渡していないとしても、仲介行為に該当し、「土地の譲渡に準ずるものとして政令で定めるもの」に該当し、土地重課の対象になるという前記原判示もまた明らかに誤っている。

この点で原判決は、事実を誤認しており、原判決が被告会社の行為が右法条に該当すると判断しているとすれば、それが明らかに法令の解釈・適用を誤ったものである。

3 以上のとおり、被告会社が本件土地持分を取得したのは、原判決の認定事実を前提とすれば、開幸地所に坪当たり一五〇〇万円で売却する際であるから、坪単価でいえば、取得価額は一五〇〇万円であり譲渡収益も同じく一五〇〇万円となるものであって、このような持分の取得・譲渡からは、土地譲渡重課対象行為は認められても取得課税の根幹をなす利益は発生しないのである。このことは、取得価額の算定について適用される法人税法施行令三二条一項四号が正しく適用されれば、直ちに判明する。課税土地譲渡利益金額が零である結果、同利益金額に二〇%の税率を乗じて課税する土地譲渡税も当然零となるのである。

また、被告会社が土地等の譲渡に準ずる仲介行為を行っていないことも明かである。勿論、原判決も、土地等の譲渡に準ずる仲介行為の存在を認定しているものではない。

よって、土地譲渡益重課税についての原判決の誤りは明白であり、この誤りは、著しく正義に反するものであるので、原判決は直ちに破棄されるべきである。

第三 判例違反及び法令違反の主張(その二)

原判決は、訴因変更手続を経ずに被告人らに対し有罪判決を言い渡したもので、最高裁判所の判例に違反し、かつ、重大な法令違反を犯しているので破棄を免れない。

一 本件公訴事実記載の訴因は極めて概括的、抽象的であり、検察官が何を審判の対象としているのかは、その冒頭陳述とあいまって判断せざるをえないところ、本件冒頭陳述によると、訴因の具体的内容は、被告会社と三平建設が礒ら地主から共同で本件土地を取得し、共同で譲渡したというものである。しかるに、原判決の認定は、三平建設が単独で礒ら地主から土地を取得し、その後被告会社は三平建設から土地持分を取得してこれを開幸地所に譲渡した、というのである。即ち、被告会社の土地持分取得の時期と相手方について、訴因と原判決の認定が明らかに相違しているのである。

二 本件のように土地譲渡利益金額の有無及びその金額につき争いがある事件においては、その発生を根拠付ける土地重課対象行為の具体的内容及び土地譲渡益の計算根拠となる各勘定科目、すなわち、「土地の譲渡等による収益の額」(譲渡収益という)、「同上に対応する原価の額」(譲渡原価という)及び「同上に係る販売費及び一般管理費」(直接間接費という)が被告人にとっての防御権行使の対象となるものである。右各事実は、検察官によって明確に主張されねばならず、その主張された事実と異なる事実を認定するには、訴因の変更手続を必要とするものである。このことは、「法人税脱税犯につき、裁判所が脱税所得の内容を認定するに当り、検察官の主張しなかった勘定科目の金額を新たに加え、また検察官の主張した勘定科目の金額を削除するような場合には、訴因の変更手続を必要とする。」旨判示する最高裁判例(最決昭和四〇年一二月二四日・最高裁判所判例集一九巻九号八二七頁)によっても確認されていることである。

三 本件土地の取得時期、相手方は土地重課対象行為の具体的内容であり、その変更は土地譲渡益に関する勘定科目の変更を伴うものであるから、その点につき訴因と異なった認定をするためには、訴因変更手続を必要とするものである。

しかるに、原審は、訴因変更手続を経ずして、「被告会社が三平建設から本件土地持分を取得したもの」と認定しているのである。

その結果、原判決は、前記のとおり、譲渡原価(取得価額)の算定についての法令の解釈・適用を誤るという、明白な法令違反を犯し、ひいては重大な事実誤認を犯すことになっているのである。

右訴因変更手続の懈怠は、右判例に違反するのみならず、重大な法令違反であり、判決に影響を及ぼすことは明かであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものである。

第四 憲法違反の主張

一 原判決は、「創都開発の山本に支払った二億円、友人中川喜市に支払った一〇〇〇万円は、いずれも脱税のための経費というべきであって、このような支出を損金の額に算入することは一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従ったものとはいえない(最高裁平成六年九月一六日第三小法廷決定、刑集四八巻六号三五七頁参照)」として、右支出の損金を否定している。

しかしながら、原判決が援用する最高裁小法廷決定は、以下のとおり、根本的な誤りを犯しており、他に、いわゆる脱税経費の損金算入を否定する合理的な論拠もない。よって、いわゆる脱税経費の不算入の問題は立法によって解決するしかない問題であって、それを解釈の名目の下に解決しようとする原判決の右判示は、憲法三〇条及び八四条の定める租税法律主義に違反するものである。

よって、原判決は、破棄されねばならない。

二 原判決が援用する最高裁第三小法廷平成六・九・一六決定は、「架空の経費を計上して所得を秘匿することは、事実に反する会計処理であり、公正処理規準に照らして否定されるべきものであるところ、右手数料は、架空の経費を計上するという会計処理に協力したことに対する対価として支出されたものであって、公正処理規準に反する処理により法人税を免れるための費用というべきであるから、このような支出を費用又は損失として損金の額に算入する会計処理もまた、公正処理規準に従ったものであるということはできないと解するのが相当である。」と判示するものである。

しかしながら、右判示は、根本的な誤りを犯している。なぜなら、右公正処理規準とは、右決定の中でも述べられているように、法人税法二二条三項に規定された「一般に公正妥当と認められる会計処理の規準」のことであるが、この規準は、税法以前の純粋に企業会計上の規準であるからである(中村利雄著「法人税の課税所得計算・その基本原理と税務調整-<改訂版>八三頁)。

実際、右規準の具体的な現れであるとされる企業会計原則、同注解、財務諸表規則、商法の計算規定、計算書類規則には、いわゆる脱税経費といわれているものを費用または損失から排除するという内容は全く含まれていない。

しかも、看過できないのは、我が国の課税当局自体が、法人税法上、脱税経費といえども損金に該当する旨の運用を行ってきているという確固たる慣行が存在し、本件においても右「創都開発の山本に支払った二億円、友人中川喜市に支払った一〇〇〇万円」のいずれについても損金算入が認められているという事実である。

法人税法におけるいわゆる脱税経費の損金該当性の問題(所得税法では、必要経費という概念があるため脱税経費がこれに当たらないということについては問題がない。)については、従前から課税実務と検察庁との間で歴然とした対立があり、本件でもその一般が露呈しているものであるが、これまで下級審では、検察庁の主張に追随する判決が出されていたものの、租税法律主義の観点からは、どうしても費用又は損失に該当するといわざるを得ない理論状況にあった。そこで、出されたものが右第三小法廷の決定であるが、これは、その結論を急ぐ余り、右のとおり根本的な点で誤りを犯しているといわざるを得ないのである。

法人税法における脱税経費の損金不算入の問題は、租税法律主義(憲法三〇条、八四条)の観点から立法により解決すべき問題であって(武田昌輔「七八 脱税の打合せ費用」税経通信三三巻一四号一六八頁参照)、原判決は、この点で、右憲法の各規定に違反していること明かである。

よって、この点でも原判決は破棄を免れないものである。

以上

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